ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                   半裸で暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

黒人差別ってなんだ?  




ジャパンタイムスのコラムリストであるアメリカ人男性が、
『黒いフェイスペイントのラッツ&スターをテレビ出演させるな』と
フジテレビに向けて発信し、賛同者の署名も募っておる。

3月7日のフジテレビの歌番組に、ラッツ&スターが出る予定なんて。
ラッツ&スター、今も存在しとるんやなぁ。なつかしい。
ばってんオレは、ラッツ&スターなど少しも好きではないのだが。

ラッツ&スターは黒人音楽を敬い多大な影響を受けて、
Doo Wopを取り入れているバンドである。
以前は、シャネルズというバンド名であった。
ラッツ&スターと名前を変えてからは、『め組の人』という曲をヒットさせた。
オレが中学生のときの話である。



コラムリスト・McNeil氏の訴える内容は、ココ(←リンクありクリック)に貼るとおりだが、

要約させてもらうと、
黒いフェイスペイントは
アフリカ系アメリカ人を侮蔑する行為だ。

としておる。

有識者である彼は、
19世紀のアメリカでの『ミンストレル・ショー』と呼ばれる大衆演劇を例にあげ、

 その中では白人の役者がわざと顔を黒く塗り 黒人に扮し、
 黒人に対する偏見をもとに、
 黒人は愚かでだらしなく、下品で楽天的な奴隷だということを
 アピ ールをしていたのです。

このことはアメリカの歴史上最も残念な出 来事であり、
忘れられるべきでも繰り返されるべきでもありません 。


 と、思いを述べている。

 ラッツ&スターの顔黒ペイントについては、

 黒人の音楽家や文化に対し尊敬の意を表しようとしていることは尊重しますが、
「ブラックフェイス」を用いて表現することは
 良くないやり方だと思います。


 と、ラッツ&スターが、黒人をバカにして顔を黒くぬっているのでないことを
 理解したうえで彼は、
 他国の文化や歴史に敬意を払ってほしい、と
 ラッツ&スターが黒塗りの顔でテレビに出ることに反対なさっとるのだ。

感情的に怒りを示しているのではなく
理論だててみずからの意見をおっしゃっておる点に好感が持てたが、
オレは彼の意見には賛成ではない。

彼の意見は、彼の意見でよいと思うのだ。
人はさまざまな意見を持ち、賛同者がいるとうれしいものだ。


オレ個人は、ラッツ&スターが黒塗りでテレビに出たからといって、
それを不愉快に感じるアフリカ系アメリカ人は少ないのではないか、と想像する。

もう20年以上も前のことであるが、
アフロアメリカンの友人とテレビを観ていたら
ラッツ&スターが登場したことがある。
彼は、げらげら大笑いしながら、こいつら俺たちの真似をしようとしとるぜ、と
愉快そうだった。

こういうフォトグラファーもいる。
【写真家・Nagi Yoshidaさんの記事】←(リンクあり・クリック)
彼女は一点の曇りもなくアフリカ人にあこがれている。
だからこそ被写体をこんなにも笑顔にさせることができるのだ。



『ミンストレル・ショー』にて白人俳優が顔を黒塗りにした黒人役は、
蔑まれ軽んじられ馬鹿にされた役を演じた。
だからこそ、それを見たアフリカ系アメリカ人は憤りを感じたのだ。
もし顔を黒く塗って黒人に扮した俳優がヒーローを演じたらどうだったろうか?
言うまでもない。


実際、黒人音楽家がラッツ&スターの演奏を目にし聴いたところで、
不快に感じる人は少ないのではなかろうか。
『俺たちの音楽の足下にも及ばんが、こいつらは俺らの音楽が好きなのだな』、
と好感を持つのではないか、とオレは思うとる。



さて、ここからがオレの言いたいことだ。

ラッツ&スターの顔黒ぬりをみて、不快に感じるかたもおるやろう。
反対に、愉快に感じるかたも、おるやろう。
それはそれでさまざまな感想があってかまわない。


オレがかまうのは、
『顔黒ぬりイコール黒人蔑視』と、ステレオタイプに鵜呑みにする
イイネやシェアの日本人たちだ。

黒人差別は断じていかん、
っちゅう良識を持たねばならぬ、と思うあまり、
過剰なまでに黒人差別に敏感になりすぎてやしないか?
そのことが、逆黒人差別、となってはいないか?!
奴隷の歴史に同情して、気の毒な人たち、とあべこべに
アフリカ系を下に見ている人もおるのではないか!?
日本人のなかには、そのタイプがとても多いようにオレは感じる。



もうひとつ、例にあげたいことがある。
もう何年も前から、フェイスブッグに忘れたころに登場する
シェアの多い話だ。

『ファーストクラスの客』

白人の女性が黒人の隣にすわることになりました。
信じられないことだとばかりに、彼女はスチュアデスを呼び出して、
「見れば分かるでしょう? 
 私を黒人の横の席にしているのよ。
 忌まわしい人たちの横にすわるなんて、私は承知できません。ほかの席に変えてちょうだい。」
スチュアデスは、
「お静かに願います。ただいま、席があるかどうか確かめてまいります。」
と応じた。
そして、しばらくして戻ってきてから彼女に返事した。
「お客様、あいにくエコノミークラスに空席がございません。
機長にも相談しましたが、ビジネスクラスにも空きはないとのことでした。
ですが、ファーストクラスに一席だけ空きがございます。」
その女性客が返事をする一瞬のスキも与えず、スチュアデスは話を続けた。
「私どもの会社は、
 このような理由でエコノミークラスのお客様に
 ファーストクラスへお移り願うことはめったにいたしません。
 けれども、状況を考えますと、
 こんなひどい方の隣にお客様のどなたかがおすわりになるということは言語道断である、
 とキャプテンが申しております。」
そして、スチュアデスは黒人の紳士に向かって言った。
「お客様。というわけですので、どうぞ手荷物をおまとめください。
 ファーストクラスにお席を用意してお待ちしております。」
ずっと、周りにいた乗客はこのやりとりを目にして心を痛めていた。
そして、この瞬間に立ち上がってみなが拍手喝采した。




今は1955年なのか?!

この、おかしくってへそが茶をじゃんじゃかわかしそうな話は
公民権運動さなかの話ではなく
ほんの数年前にどこからか発生して、フェイスブックでおおいに広がったのだ。
アホらしい。
『一杯のかけそば』のときと同様な不快感をオレは持つ。
こげな話がいま現在あるわけがなかろうが。
ばかどもめ。

こげな話を深く考えもせず、
『いい話だわ』と思いささっとイイネをクリックするようなうすらバカこそが
差別を増長させるのだ。
もっと想像力をもて。


この話に登場する白人女性を日本女性と置き換えてみてん。
オレは猛烈に怒るぜ。
「日本人をバカにするな」ゆうて。
この話を呼んで激怒した白人を想像する力は
あなたにはないのか!?


ホワイトだろうとイエローだろうとブラックだろうとレッドだろうと、
他人種を差別する人間は今も存在する。
それは周知の事実だ。
ばってん、差別をせん人間も確実に存在しとるのだ。
なにをもって『差別』と感じるかは、各個人によってもずいぶん違う。

集落の仲間から『ジャッパ』と呼ばれてにこにこしとるオレは、
差別されとることに気付かんうすらバカか? 

ちがうね。

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仲間たちがオレを愛してることが十二分に伝わっとるので、
不快な気持ちはひとつも発生しない。



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さまざまなニュースが、あっというまにシェアされ拡散される
昨今の社会。
そのイイネは、本当に自分の頭で考えた意見かね?


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