ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

『楽』への道  




前回のブログの最後に、でかでかと書いた文字。

『諸行無常』。

すべての物事は移ろいゆき同じ場所に留まらない、の意であるが、
移ろいどこにゆくのかい? 
ぜひ知りたいではないか。


涅槃経の諸行無常偈は、

諸行無常
是生滅法
生滅滅已
寂滅爲楽

  と、つづく。



そう。 最後の文字は『楽』なのだ。



諸行無常偈を要約すると、

○ 諸行無常( しょぎょうむじょう)、
  もろもろの現象は、一定にとどまらない、
  すべては移ろいゆく、ということ。

○ 是生滅法(ぜしょうめつぽう)、
  あらゆる事物は変化しうつろいゆくということこそ生滅の法則だ。
  生滅は、生死を指す。

○ 生滅滅已(しょうめつめつい)、
  生じ滅するといった移り変わりがやむこと。
  輪廻が終わるということ。

○ 寂滅為楽(じゃくめついらく)
  輪廻が終わったさいに行き着くのはどこか。
  「寂滅」とは、煩悩から脱けだし、悟りの境地に入ること。
  不安はなくなり真の安らぎがここにある。
  こころから楽しい、ということ。





はじまりの『諸行無常』を念頭におけば、
生滅は苦ではなくなりゃせんか?!


移ろいゆくことに怯え、
変わらずとどまりたい消えゆきたくない、と
一定や常住をねがいすがりつくから、苦となるのである。




諸行無常の『行(ぎょう)』は、
字面から『行為・おこない』と受け取られがちだが、
それは間違いだ。

行(ぎょう)は、現象のこと。
森羅万象のことであり、われわれの行動で変わりゆくのではない。



さて。
諸行無常偈は仏教の立場としての死生、輪廻観であるが、
この考えかたを現世にて適用してもいいではないか、とオレは考える。


すなわち、

移ろいゆくことにおびえず、
かちんこちんに否定しない。
流れに身をまかせてみる。
その流れが
苦労の多い方向へと向かう濁流に感じられようとも、
それごと縁と受け止めてみる。

最後に行き着くのは、
『楽』なのだから、ひるむことはない。


DSC_0389_20141206040828f1f.jpg


まず、『諸行無常』を心に置いてみる。
「変わりゆくのは宇宙の真理なので当然のことなのだ」を知る。
大きな波に、流れ流され、ゆったりと身をまかせる。

そこから、『楽』への道が延びるようにオレは思う。


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コメント

深い。一行、一行を何度も読み返したけれど、実に、深いっすわー 自然に身を任せる。100%理解出来ないけど、サーファーの考え方に相通じるものがあります。同じ波は来ないし、追ってもいいセットが入るとは限らない。カレントに流されたところで流れに身を任せる。仏教の事と類似してると勝手に思うのであります。いい波が来る所から離れて、波待ちして、たまに、まちがって、いいのが、来る時もあります。 もちろん来ないのが常。 でもまったりして、 ほっこりと。自然の流れに身を任せて。だけん いいと思う。流れに逆らっても良い事ないさー 世の中の流れの方が、逆流してるのだから。

URL | ufo #-
2014/12/07 23:33 | edit

ufoへ

深いというのも主観やけん、じつは足は底に着いとる、すなわち浅瀬に辿り着いとることもある。
けどさ、机上の論では、身を任せろ、と言えるけど、
じっさいおぼれそうになったら、大暴れしてあがくかもしれんね。
そうならんために、常に胸にたたき込んどきたい思いがあるんよ。
それが、諸行無常からはじまる楽。

URL | 菌玉ゆきゑ #-
2014/12/09 04:31 | edit

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