ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

愛しのジョジョ  




先月、とげのある重たい石をオレは胸に抱えた。
今もその石は体内にあるのだが、
いがいがは丸くなり激しく動かずしずかにそこにある。
ずいぶんとらくになったので、このようにキーボードに向かうことができる。

この石の名は、ジョジョ。
1か月前に、ジョジョは現世を去った。

現世を去るまでは、いま見渡す景色のどこにでもジョジョはいた。
ココナッツのどの葉っぱにもブーゲンビリアの枝にもカジュの葉の陰にも
芝生の上にもパソコンのキーボードの上にもベッドにもWelderの頭の上にもオレの肩にも
そしていつだってちびの隣に。
どこにでもいたのに今はどこにもいない。

このブログのなかにもジョジョがいたので、
ジョジョの死について書くことにした。

書くことにしたもうひとつの理由は、
ジョジョの亡くなったあとのその日が、
大きなちからの作用のような何かで満杯になったことの広さ深さを
ブログのなかのジョジョと出逢った人に知ってほしいからだ。
これから記す内容には誇張も脚色もなくすべてありのまま。


まず、ジョジョと過ごした日々のことを話そう。

ボクにつぶされ大けがをしたジョジョが快復したときから、
オレら家族の暮らしはジョジョを中心に回り始めた。
家族が顔をあわせて最初の言葉は「ジョジョは?」。
いつでも誰かがつねにジョジョの動向を見守り、
外に出たときには、野良猫やウルブーに襲われないように見守った。

庭中の木から木を飛び回るようになり、
地面の草のなかでは、バッタなどの昆虫を自分で獲れるようになった。
捕まえたバッタを口にくわえて誇らしそうにオレの肩に飛んできた。
それでもまだ自らの捕獲だけでは栄養が足りず、
うたは毎日何十匹ものバッタを捕まえて与えた。

ちびが赤ちゃんを産んでからのジョジョは、
まるで自分もちびの子になりたがっているように
授乳中のちびのそばで赤ん坊を眺めながら長い時間を過ごした。
自分を鳥だという概念が薄くおそらく猫だと思っていたと思う。

同種の鳥アヌーがジョジョを迎えにきたこともある。
アヌーからどつかれて逃げ回ったこともある。
そんなジョジョを、がんばれ、と応援しながら見守った。

ボクに再びつぶされそうになったときもあった。
そのときには、ちびが文字通りの体当たりでボクに立ち向かった。
大きな翼を広げたウルブーがばーっと舞い降りて来てさらわれそうになることもあった。

野良猫に襲われそうになることは多々。
そして、
つねに足下について回るジョジョを
オレらが踏みつぶしそうになったこともようけあった。

巣立つことを目標にする日々だったので、
鳥かごに閉じ込めることはしなかった。
ジョジョが眠る夕暮れがきたら、やっと息がつけるという日々やった。

年末には幼児連れの友人が長期間滞在する。
駆け回る子どもがジョジョを踏みつぶすことを懸念し、
庭に大きな柵を作る準備をしとった。
目がとどかないときジョジョを入れる広い柵を作る工事を始めていた。

誰かがジョジョを踏みつぶすんじゃないか、
ジョジョが野生の餌食になるのではないか、という恐怖に取り憑かれ、
なかばノイローゼ気味の毎日でもあった。




その日のお昼、
ちびの凄まじい怒り声で、
たいへんなことが起こったことに気付いた。
外にとび出すと、Ajuruの樹木の森のなかに、ちびと野良猫がいた。
枝がみっしり生い茂っていて人間は入れない。
オレの登場に野良猫はさらに奥へと逃げ入り
ちびがそれを追った。

ジョジョの羽根が散っていたので、何が起こったか解った。
いつまでも続くちびの怒る声。
ちびは授乳中なのでいつだって5分と子猫のそばから離れない。
しかしこのときちびは小一時間は森のなかにいた。

やがて息をはあはあさせながらちびが森から出てきて、ぱたりと横たわった。
ちびに看取られてジョジョが死んだことが解った。
うたは学校に行っていて留守だった。


それからの時間は、ぐらぐら揺れる狂気の大鍋の中みたいやった。
守ってやれなかった悔いと悲しみに殺されてしまいそうな恐怖に追われどこまでもいつまでも歩き続けた。
ぶったおれそうになったところで帰宅。
びしょぬれの体。ごうごうと恐ろしい音が鳴り止まない。

やがて太陽が沈み始め、やっと目が見えるようになる。
西日にむかってお念仏を続ける。
ジョジョのことだけを思い念じ続けていたら、ハチドリが顔のまんまえにやってきて、
その位置にとどまりながらしばらく飛び続けた。無音。

顔の20cmの場所で真正面からみるハチドリのひょうきんな顔は、ジョジョだった。
そうやって、ジョジョは現世から去った。
ちいさな命を離れ、大きな命へと移動していった。


太陽が沈み、ジョジョが風といっしょに飛んでいき、うたが学校から帰ってきた。
ジョジョの死を知って半狂乱になるうた。
そのとき、家の前の湖のほとりで、小さな火が起こった。

火は、おどろく速さで大きくばちばちと膨らみ伸び、
風に応援され、どんどん風上にのぼって範囲を広げた。
あっ、というまに、家のまんまえまでごうごうと燃えはじめた。

見とれるような勢いとあかあかとした美しさに畏怖を感じ、
必死で消火をしながらも「燃えろ燃えろ」と胸でさけびつづける。
ジョジョのお弔いだ、と。

近所の人も集まってきて誰もが力の限り火を消すことにつとめた。
めまぐるしい時間が経過した。

車にパスポートや身分証を積み込み、脱出の準備がととのい、
いよいよ電線が燃え落ちるというときに、ようやく火は小康に向かい始め、やがて消えた。
みな、ぬれた赤土まみれのびしょ濡れでその場にひっくり返った。

これが、ジョジョが死んだ日のすべてだ。

P1570211_20141220201511b95.jpg




いま、振り返って思う。

ジョジョはオレら家族にとって
なんと優しい去り方をしてくれたのだろうか。

誰かが踏みつぶしたり、ボクが食べたり、
残酷な亡きがらを残さずに、去ったのだ。
肉は野良猫の栄養となり、なきがらは地の栄養となり、この世に生き続ける。
そしてオレの胸には石を残してくれた。





ずっしりと重いこの石はオレの栄養であり宝石である。
石は体内にあるのだが、体内だけにとどまらず、どこにでもある。

最初に、ジョジョはもうどこにもいない、と書いたが、改める。

ジョジョはどこにでもいる。

一羽のアヌーという小さな命から、大きな命にジョジョは移動した。


この宇宙はひとつの大きな命だ。
宇宙のすべてにジョジョはいる。



これからジョジョは、
また小さなひとつの命を選びとって、誰かのおなかに入るかもしれない。
輪廻し再び誕生するのは縁のふかかった命、というのがオレの信念だ。
ちびの赤ちゃんとして生まれてくるかもしれん。
あるいは人間として生まれオレの近くにきてくれるかもしれん。







1ヶ月が経ち、オレの居場所が少し変わった。


ただの真っ暗闇から少しの光がさす空間に移行した。
この一条の光は、ジョジョにも降り注いでいると思う。











ジョジョはオレにとって愛して愛して愛のおわりがない大きな大きな存在やった。
この現世にジョジョと暮らせて本当に幸せだった。ありがとうジョジョ。


関連記事

AD

category: こころ

tb: 0   cm: --

トラックバック

トラックバックURL
→http://bumbumyukie.blog.fc2.com/tb.php/1139-ed977cef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)