ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

永遠にゼロを誓え  





いま、とても胸がゼロゼロしとる。
肺炎のせいだ。

息をするたびに
ぜろぜろぜろぜろっぶつぶつぶつぶつっ、っちゅうような音がするんよ。
失敗作のシリコンおっぱいをいれたわけでもない、っちゅうのに・・・

横になれない。
横になると、気道と肺がふさがれるんか、息ができんくなるんよ。
やけん、起きとる。
起きて脳みそも立てて、考えとる。


処方された肺炎治療薬は、粉を吸うタイプのもの。
DSCN6298.jpg

 超小型で、カプセルのなかの粉末を針で刺して吸い込む仕組み。

DSCN6299.jpg

DSCN6300.jpg

  オレの病状が治ったらクラック使用者に売ってやろう。
  とてもすぐれた粉吸い器機だ。






息がゼロゼロしとるけん、っちゅうわけではないが、
たまたまわが家にある映画DVD、『永遠の0』を観た。
百田直樹著の本、『永遠のゼロ』も、わが家にはあるのだ。
百田はクソだ。
ばってんこれはオレ個人の感想だ。
百田は美味いミソだ、っちゅう考えの人もおろう。

DVDも小説も、縁あってわが家にはようけある。
そんなふうに届いたものは、大切に保管しとる。
来客が読んだり観たりもする。
そして、オレらも読んで観る。





さて。『永遠のゼロ』。
やはり、っちゅうか、日本の地方局でも今後2週間のうち、
この映画がどんどんテレビ放映されることを知った。
この70年で、日本人の意識はどのように変化しただろうか。

戦後日本は、欧米化して、個性を大切に、っちゅう社会になってきた。
人とは違う自己を確立せなならん、っちゅう風潮になってきた戦後。
個性的でありたい、独自でありたい、と、がんばってきた日本。
いまも自分探しにあけくれとる人は多いばってん、
そんなもんやっぱりなかなかみつからんし、
唯一無二の自分がみつかったとしても
独自でありすぎれば、杭のようにバコッと打たれへこまされるのが日本社会。

仕方なく、やっぱり社会にのっかるしか術はないべ、っちゅう選択をする。
少なくともそういう選択をしたふりをして足並みをそろえる。
日本で個性的に生きるのは本当にたいへんだ。
ヘンジン、という、あたたかいくくりを得るのは、とてもむずかしい。
『欲しがりません、勝つまでは』っちゅう風潮にもどりつつあるのは
しごく当然のことかもしれん。

 ものすごく荒く、だが、
 オレの目からみると、いまの日本はそんなふうに見える。








終戦70周年をむかえようとしとる今、
広島・長崎原爆投下の日と終戦記念日を迎える8月に突入した今、
自民党は数々のパフォーマンスをうちだしてくるはずだ。
現に今から2週間は、その手のテレビ放映が盛んになるはずだ。
美談としての戦争をどんどん表面に出してくるやろ。
作戦さえまちがわなければ日本は勝てた、と思ってる者の多さを感じ
不気味だ。











昨今、すばらしき声明文をみたぞ。


京都大学有志の声明書( ← リンクあり。クリック)、


 戦争は、防衛を名目に始まる。
 戦争は、兵器産業に富をもたらす。
 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

 精神は、操作の対象物ではない。
 生命は、誰かの持ち駒ではない。

 海は、基地に押しつぶされてはならない。
 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

 学問は、戦争の武器ではない。
 学問は、商売の道具ではない。
 学問は、権力の下僕ではない。

 生きる場所と考える自由を守り、創るために、
 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

      自由と平和のための京大有志の会





 オレは若かりしころ、京大の熊野寮にはちいと縁があったけん、
 この声明文はとてもうれしい。





「平等」とは「智恵」のことである。
この智恵というのは、知識のことではない。
いのちの智恵 のことだ。
戦争をしない、という命の根源の智恵をもつこと。
世界はしあわせなひとつの家族になれる。



戦争はいかん。
戦争をしない、っちゅうて、永遠にゼロ、を誓わなならん。




われわれ日本人は70年前に誓ったのだ。

『あやまちは繰り返しませぬから』。




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コメント

こんばんは。

お体お大事にしてくださいね~。

戦争や紛争のニュースを見聞きするたび思うのですが、
じゃんけんで勝敗決めるわけにはいかないんですかね?

当事者たちからしたら、ふざけるなというお叱りを受けそうですが、
民間人とくに子供を巻き添えにするようなことのほうが
私にとってはふざけるなです。

どっか宇宙の果てでじゃんけんして、結果だけ教えてくれれば
十分です。

URL | ばも #-
2015/08/03 09:31 | edit

ゆきゑさん,まだお加減がよくないんですね…

はやくなおれなおれ〜〜(*^^*)

この素晴らしい声明文,
ほんとに感動しました.

わたしたちは,目を上げればいつでも
美しい世界につつまれているはずなのに
なんでお金のために人をころさなきゃいけないの…?
だれもそんなこと望んじゃいないのに.

理解不能な価値観が蔓延する,
薄氣味悪い世の中です.

まずは自分の心の中を,戦争にしないこと.
と思っています.

ゆきゑさんのお胸のなかも,
みんなみんなの体調不良も,
早く平安になりますように‼︎

氣高い声明文にパワーをもらって,
わたしもあした人生初の手術を受けてきます‼︎
大切に育ててきたイボジの手術です〜(^o^)ww

URL | M #qRLnJtFY
2015/08/03 23:26 | edit

ばもさんへ

子どもを守ろう、っちゅう心が希薄になったらいかんよなぁ。
インディオは、子どもが、孫が、以上に、地球規模で考える。
その智慧は真にすぐれとる。
自分のいのちは自分だけのものじゃない、と、みなが意識できたら、
たくさんのことがあたたかく変わるのでは、とオレは想うとる。

URL | 金玉ゆきゑ #-
2015/08/04 08:02 | edit

Mさんへ

Mさんの、なおれなおれ〜、やわらかくて効きそうやな♪
ダライラマ法王が、
「心の本質は、池の水のようなものです。
 嵐で水がかき乱されれば、
 池の底の泥が浮き上がって水をにごらせます。
 しかし水の本質は汚いものではありません。」っておっしゃっとる。
Mさんのおっしゃるとおり、みずからのこころのなかを戦争にしないこと。
とても大切なことと思う。
大切に育てた子との別離、がんばってらっしゃーーい。よき別れとなりますように。

URL | 金玉ゆきゑ #-
2015/08/04 08:06 | edit

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