ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

繁殖しただけでいばるな  






40才前後の友人知人女性のなかには、子どもをもたない人が多い。
独身の人もおる。
結婚しとる人では
子どもをつくらない選択をしたカップルもおれば、望むけど授からない夫婦もおる。

そして、オレの個人的見解によると、
子を産まない女性ほど、
もし母親になっていたとしたら
『慈母』という形容詞がふさわしいオカンになってたやろうな、と想像できる女性が多い。

対して、これまたオレの独断でいえば、
子どもを育てとる女性で、母親として素敵だな、っちゅう人はとても少ない。
オレ自身も、自分のことを『母親』としてひとっつも気に入ってない。


子を持たない女性が慈母になりえる、と思う理由を少し挙げよう。
子をもたない友人知人女性のなかに何人かおるのだが、
彼女たちは、とても犬猫をかわいがる。
甘やかしベタベタするんじゃなくて、愛をそそいだうえできちんと節度をもって接しておる。

彼女たちの共通点は、
自分の飼い犬だけでなくよその犬に対しても同じ態度だ、っちゅう点。
そういう態度から、彼女たちが母となってからの姿をオレは想像する。
犬猫に限らず、たとえば接客業にたずさわっていて
客への気遣い、情愛のかけかたが『聖母』っちゅう女性もおる。


世の中には、出産して母になったことを自身で過大評価しすぎとる女が多い。
たしかに妊娠出産はたいへんだ。そして乳幼児を育てることもそれはそれはたいへんだ。
出産したことにより
『あのつらい妊娠期間を乗り越え、壮絶な痛みを体験して産んだわたしってえらい』と思ったり、
わが身を犠牲にして赤ん坊に振り回される育児の段階で
『こんな大変なことは体験した人しか解らない、母であることで成長した』と感じる女性は多い。

それはそれで努力は認めるし敬うばってん、
オレからいわせれば、たかだか小学生くらいの子育てまっ最中で
『母親のプロ』気取りなやつはすかん。
オレの娘は今年18才になるので、
オレもだいぶん偉そうなプロ気取りになりがちだが、
『立派に自立した成人』として子を世間に追い出すまでは、子育ては終わらんと思う。
そしてオレより先輩の母親は『自立させただけで母親業終了じゃないぞ』と
オレのことをせせら笑うだろう。



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話を妊娠出産の時点に戻す。
個人個人、妊娠も出産も違うことはわかっとるが、
生理的に妊娠することができたなら、
産むことはほとんどの場合、誰でもできる。

それなのに、難産だった、ということは、名誉勲章のようにかかげられ、
『出産たいへんやった自慢』が、世に流布している。
オレは自然分娩で産んだ。
自然分娩は、どうやら日本女性のあいだでは、尊敬に値されるようだ。

ばってん、オレの知人で、
自然分娩の途中であまりの痛さにパニックにおちいり帝王切開にチェンジした人がおる。
陣痛の痛みと帝王切開の両方を体験した彼女は、
自然分娩での陣痛の痛さより帝王切開後の手術跡のほうが痛かった、と言うておった。

だから、自然分娩したからといって帝王切開で産んだ人より優位にたてるわけではない。
お国柄、っちゅうこともあるだろうが、ブラジルでは帝王切開や無痛分娩が主流だ。
腹を切った2日後には産院から赤ん坊ともども追い出される。
なかなかしんどいことだと思う。

痛み、は個人個人ちがうし、
陣痛がいちばん痛かった、とか、会陰切開が最も辛かった、とか、
いろいろあろう。
オレ自身のことを申せば、切開してもらえず四方八方に裂けたちんこの痛さがいちばん辛かった。
しかし、痛かったぶんだけ偉いか?! と問われれば、オレの答えは否だ。




で。
やはり思うのだ。
股から産もうが、腹を切ってもらって出そうが、出産は誰でもできる。

妊娠できないのは、体質や環境によるものであり、
妊娠できたことは、ただ、与えられたありがたい幸運であるだけだ。
だから、妊娠した出産した、っちゅうだけで、えらそうにすることでは、ない。

今の時代は、精子がない、とか、卵子がない、とか
いろいろ調べてわかるようになったが、
その体質も、ブッダ(天だろうが神だろうが名はご自由に)に与えられたものであるので、
精子をつくらん体も排卵しない体も存在意義がある。
種族保存だけが生きる意味ではないのだ。

なので、産んだ女こそが立派だ、とはオレは思わん。
オレは1人しか産んどらんので10人産んだ母親にすごまれたらちょっと負けそうだが、
産むことは女性にとって、
あたえてもらった宇宙原理のひとつなのだ、と思うのだ。


そこのところをわきまわずに、傍若無人に自分と赤ん坊を特別視する人は多い。
あるいは、産んだあとのエゴにより、そういう人柄に変化したのか。
それとも、母親になる、ということにより、それくらいの自我を持つように
遺伝子に仕組まれとるのか…子を育てるために厚かましく図太くなるように…

しかし、そこで、子どもを持たない人を軽んじたりするのはなぜだろう。
産むこと、育てることの大切さむずかしさを解っているのなら、
子育てを応援してくれるママ友以外の友人知人女性のありがたみも解るはずなのに。
そういう人たちの支え
(身近にそういう人がいなくてもそういう人たちが払う税金によったり)がなくては
成り立たない子育て、っちゅうことも、すこし想像力を働かせれば解る。
子のいない家庭や、独身の人が納める税金は多額だ。
その税金が、保育所設立の役に立てられてない、っちゅうのは、また別の話だ。



オレ個人の『子ども』への思いをいえば、
かつて自身が子どもだったことを棚の上どころか雲の上くらいに上げて申せば、
ガキは苦手だ。
血縁に重きを置いてないので、自分の子だからかわいい、っちゅうこともない。
自分の子・うたを含め、クソなまいきなガキは大嫌いだ。

しかし、わが子・よその子の区別があまりない点が、自分の美点だと自負しとる。
わが子だから特別に愛を注ぐこともなければ、
よその子やけん、っちゅうてちやほやもしない。
出るおっぱいがあればどの子にも飲ませちゃるし、
くそ生意気なガキにはがつんとやる。



ところで、母乳で育てた、ちゅうことを自慢する女も
ようけおるな。
そういう女は、ほかに自慢する箇所がよっぽどないのだろう。
わが子どころか人間にまでおっぱいをくれるホルスタインだって、
乳がでることをいばったりせんぞ。どっちでもいいやん。

母乳のいい点は、
経済的にラク・将来おっぱいが垂れたら母乳をあたえたせいにできる・
子どもが頑丈に育つ、っちゅうことくらいだ。
・・・おっぱい自慢の母親バッシングに突入しそうやけん、
ここいらでやめとこう。







最後にひとつ。
産まない選択をした女性で、その理由をこう言うたやつがおる。

『これ以上ろくでもない人間を世の中に増やしたくない』。

わるくない考えやな、と感じた。

その発言を聞いたのは十数年前やけど、
いま人類をみていたら、いっそ滅びちまえ、と思うこともさいさいあるんよ。
だって、見てん。いまのトルコはものすご悪いぞ、
あっこの大統領は安倍以下だ・・・・おっと、
もういい加減に今日はやめとこう。


(=ΦωΦ=)


ココナッツエンジェル
 プロポリス
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