ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

善人ですら極楽へいくことができる、まして悪人は極楽へ  






タイトルの言葉は、浄土真宗の親鸞上人の言葉として有名だが
これは、オレの信仰・浄土宗の教祖・法然上人が以前からおっしゃっていた言葉だ。

 善人ですら極楽へいくことができる、まして悪人は極楽へ




しかしこの言葉の真の意を理解できとる人は少ない。
『他力本願』と同じく、解りにくいのだ。


ここにおいての『悪人』とは、
われわれが日常で認識しとる悪人、殺人鬼だとか強姦魔だとかではなく、
『自分のことを悪いと解っている人間』という意味。
すなわち、
『わたしって悪い人間なんだよなぁ』と自分のことを認識している人のこと。

そして『善人』は『いい人』ではなくて、
『自分の悪に気づかない人間』。
『わたしぜんぜん悪いことしてないもん』っちゅう人間のことである。


つまり、だ。
この言葉の真意は、


自分の悪に気づいておらん凡夫でも極楽浄土に行ける。
自分の悪を知っている人間が極楽に行けるのは当然だぞ。


 と言うておるのだ。



ついでに言えば、『他力本願』の意は、
他人の力を借りて望みを叶える、ではない。
『他力』とは『阿弥陀如来さまのお慈悲』であるので、
如来さまがわれわれをお救いしてくださる、っちゅうのが真意だ。




さて。
みずからの『悪』に気づくことは、オレら凡夫にはおおごとなことである。
知らず知らずに人を傷つけたりしとることに、われわれはなかなか気づけない。


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先日、友人が、
親族からのひどい言葉により、深く傷つけられた。

ひどい言葉を発した親族は、自分がどんな言葉を吐いたか忘れてしまっとる。
酒の席での暴言であったのだ。

オレの友人は、できた人物であるので、
「酒の席でのこと・本意ではなかっただろう」と、受け止めるように努力しておるが、
受けた傷は、意識上のことで簡単に消えはしない。

「酔っぱらってておぼえてません。ごめんなさい」で、すむことではない、と
オレは思う。

なぜならば、たとえ記憶になかったとしても、

その言葉はあなたの内側で発生し
あなたの口から飛び出した言葉なのだ。


撤回はできず相手に刻んだ傷は消せない。




酒は、こころからくつろいでリラックスして笑顔で飲みたいものだ。
酔ってグダグダからんだり暴言をはく人は、
みずからの心の闇にじっくりと向き合ってみたほうがいい。
大切な人を傷つけて、関係を崩してしまわないためにも。


自分が悪人だ、と、識ることは、しんどいことだ。

人間は弱い。
自分の悪に気づかなくてもお浄土には行ける、
阿弥陀さまが救ってくれると約束してくれとう、っちゃけん
わたしゃ好き放題やりたい放題して生きるぞ、と
楽な方向に流れてしまいがちなのが人間だ。

しかしどうせなら、生きてるうちにオレはもっとしあわせになりたい。
そして本当の幸福を手に入れるには、
まず、みずからの悪を識り、それに向き合い改善せねばならんと思う。

努力は裏切らない、とオレは思うのだ。



(=ΦωΦ=)


ココナッツエンジェル
 プロポリス
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