ビキニcomブッダ@ブラジル

                                          BRASIL連邦共和国 Rio Grande do Norte州の海辺にて                                                  ビキニで暮らす仏教徒の『ゑん』な日々♪

四十九日Ver.子に死なれた親  


『タヒチの女たち』で知られる画家のゴーギャンは、
20才の長女を交通事故で亡くし、山に入って、服毒自殺をはかった。
が、死にきれずに、山を下りた。
死にきれなかったことをたいへん苦しみ、
それでも生かされている ことを
「なぜ生かされているか?」という思いの中で、
大きな布のうえに一気に絵を描いた。

Gauguin_Paul-Where_Do_We_come_from_What_Are_We_Where_Are_We_Going_[1]


この絵のタイトルは

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?


 われわれはどこから来たのか
 われわれは何者か
 われわれはどこへ行くのか。




禅僧の江角弘道上人も、娘さんを交通事故で亡くされた過去をもつ。
『グリーフケアについて』(←リンクあり)から引用させていただいた内容を
オレ解釈して書かせていただく。


江角弘道上人が、娘を亡くした悲しみに悲嘆にくれて
河波定昌上人(光明修養会上首、東洋大学名誉教授)に
「わたしの娘は、どこにいったのでしょうか」と、たずねられた。
河波上人は「お嬢様は、観音様ですね。」 とだけ、お答えになった。

そのときの江角上人のお気持ちは
「娘は、観世音菩薩さまとなって、わたしや妻を導いている。
 だがしかし、そんな尊い菩薩様などになってもらわんでいい。戻ってきてほしい」だった。


われわれは通常、
自己を中心に考えている。
しかし自己を超えて考えるとき、新しい視点が見えてくる。
親子、兄弟、友人、親類などの関係も自己を超えて(自己を計算に入れないで)考えると
役立つときがある。
個人的なレベルを超えて、
人間と石、木、川、風
そして太陽・宇宙などまで進めて考えると
そこが、仏様と出会えるところになる。
その時、本当に自由になり、大きな安らぎが出てくる。

自己を超えたイメージは
風のイメージを想い起こさせる。
風は、人や物に触れ、連れ運び、
時にはやさしく、時には激しく、
一ケ所に長く留まることがない。


愛する人の死に関連した次の2つの詩を掲載しよう。

まずひとつめは『金魚のおはか』。
これは、死んだ金魚のことを歌っておるが
金魚になぞって実は人間のことを歌っている。
亡くなった金魚が、
お墓の中で、見たり聞いたり思ったりしているであろう、と作者は歌っている。

  金魚のおはか(作詞 金子みすず)

 暗いさみしい土の中、金魚はなにをみつめてる。
 夏のお池の藻の花と、ゆれる光のまぼろしを。
 しずかなしずかな土の中、金魚はなにをきいている。
 そっと落ち葉の上をゆく、夜の時雨の足音を。
 つめたいつめたい土の中、金魚は何を思ってる。
 金魚屋の荷の中にいた、むかしむかしの友達を。
    (JULA出版局「金子みすず全集」から引用)




江角上人は、娘を亡くしたあと、この歌を読み
まるで娘が生きて話しかけてくれるような感覚におそわれた、と感想をおっしゃった。

『娘は私の心の中に生前の姿のままで生きており、
 親は、このようなどうしようもない「悲しさ」というものにとらわれて
 不条理な死をとげた娘のことがいつも心の中にある。
 思い出すたびに悔しさ・悲しさがこみ上げてくる。』



やがて、亡き子は、次の詩、「千の風」のように、本当に自由になってゆく。
その時、親もとらわれから自由になってゆく。


  千の風になって(作詞 不詳 訳詞 新井 満)

 私のお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません
 眠ってなんかいません
 千の風に 千の風になって
 あの大きな空を 吹きわたっています

 秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になる
 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
 夜は星になって あなたを見守る

 私のお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません
 死んでなんかいません
 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています
 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています
 あの大きな空を 吹きわたっています



江角弘道上人は、娘さんの7回忌に
ようやく
『亡きむすめは お墓から出ていっているような気がしています』とおっしゃっている。

娘さんがお墓のなかから出て風になっている、という境地にたどり着くまで
なんと長い年月がかかったことだろうか。

たとえ娘さんが風となったと認識しても、
悲しみが癒えるわけではないだろう。
しかし癒えない悲しみが宝石となることもある。観音菩薩さまとなることもある。


自己を超えて考えると、
われわれは、われわれを超えた「大きな存在」に生かされていることがわかる。
それは、この詩のようにわれわれを見守っていてくれる。

大きな存在のなかには、
亡くなって風になった成美ちゃんも含まれる。


Mへ。
『それでも生かされている』ことに苦痛のみを見出さないでほしい。
苦痛をとりのぞくために、
あるいは苦痛に耐ええられる力をあたえてくれるために、
いつでも風は吹いている。

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コメント

祈りました。お母さんへもお嬢さんへも。目を閉じ真っ白い光を送りました。胸が一杯です。

URL | ニール #l787VQ0.
2012/10/03 22:56 | edit

Mさま、ゆきゑさま、

私の両親は子供を亡くしました。
私の兄です。13歳でした。

30年近く経ちます。
兄の話題がのぼることはほとんどありません。

でも、生活のそこここに兄の痕跡があります。
兄を話題にすることが無くても、あるいはひょっとすると兄の話題を避けていても、両親と私が兄を思い出さない日は無いと思います。

兄の死を防げたはずの人々への憎しみはありません。
悲しみは憎しみの対極の感情だと思います。
兄の死への悲しみは、とても平和で透明でいたわりに満ちています。

Mさまのお気持ちがこれからどのような変遷を経るのかは誰にもわからないと思います。
ただ、子供を失った親のもう一人の子供として、Mさまに何かお伝えできればと思い、とりとめなく書きました。

ゆきゑさま、はじめまして。まったく面識も何もないのに突然の書き込み申し訳ありません。
私がどんなに窮地に陥っても自殺せずぎりぎり頑張れたのは、兄の存在が大きいと思います。それに気づかせて下さりありがとうございました。

兄を知る人のなかで最も幼少だった私は、うんと長生きしようと思います。
兄を覚えている人がいなくなる日を少しでも後に伸ばすため・・・。

URL | YB #-
2012/10/04 01:14 | edit

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

 |  #
2012/10/04 06:08 | edit

ニールちゃんへ

ありがとう。
亡くなった成美ちゃんのことともに
わたしもニールちゃんも年若い女の子の母親という立場から
Mの心中を思うと、苦しいね。
日に日にわたしも、成美ちゃんのこと風のように感じるようになってる。
今朝も起きたらすぐ、『あ、成美ちゃん』て思ったんよ。

URL | 菌玉ゆきゑ #-
2012/10/04 21:58 | edit

YBさんへ

13歳のお兄様をなくされたとき、10歳ぐらいだったのでしょうか。
30年経過した現在でも、お兄様が生活のなかに『在る』。
YBさんの言葉から、悲しみが永遠になくならないことが伝わりますが、
YBさん自身がおっしゃっているように、悲しみがしずかに横になっていて、
静かな平和と慈悲に満ちているこころのなかが、見えました。
こんな深層のこころのなかを知らせてくれるコメントをいただけて、本当にうれしいです。
さいわい、Mにも亡くなった成美ちゃんのほかに子どもがいます!
YBさんのコメントを読むまではわたし、Mのほかの娘たちのことに思いが及びませんでした。
自分の浅はかさに恥じ入ります。
どんなにつらくても自殺という選択ができず、
そして、『うんとと長生きしよう』とおっしゃるくだりを読み
YBさんもまた観音菩薩さまだな、と解りました。
大きな存在に生かされましょう。ありがとう。

URL | 菌玉ゆきゑ #-
2012/10/04 22:10 | edit

F嬢へ

そんな太い悲しみを乗り越えられ、いや、抱えておられたのですね。
お墓にその人が眠っているわけではないのですが、
お墓におもむいて別れをつげたことが、Fさんの心を先に進ませたのでしょう。
その悲劇があって、いま現在があることの不思議、
そして、縁を感じます。
わたしの友人の娘・成美ちゃんの恋人は、
いまもMの家にずっと居るそうです。
成美ちゃんから離れたくない、離れられんのやね。
昨日ようやく、成美ちゃんの死後はじめて仕事に行けたんて。
就労による肉体的な疲労に手伝われて、ようやくぐっすり眠ってる、って
友人がその様子をみて言うとった。
子どもの死も、恋人の死も、悲しみの深さも質も比べようがないね。
現在悲しみが少しいえているFさんのこと、うれしく思います。

URL | 菌玉ゆきゑ #-
2012/10/04 23:06 | edit

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